「DEATH STRANDING」を3時間プレイした最初の感想・レビュー。これはオープンワールドの革命か?

DEATH STRANDING」(以下「デススト」)を冒頭3時間ぐらいプレイしてみたので、最初のフィーリングを語っていこうと思います。

 

デスストをやってみたいけど、自分に合うか不安…」と感じている人に向けて、このゲームの内容をざっくりと解説していきます。

なお、まだ3時間程度しかプレイしていないので、最終的な感想は変わるかもしれませんが、その点は悪しからず。

 

※ 本記事にストーリーのネタバレはありませんが、ゲームのプレイ画像を掲載しているため、予めご了承ください。

 

映像作品としてのデススト

 

最初の3時間は、チュートリアルであり、冗談抜きで半分ぐらいはムービーシーンです。

 

長いムービーの合間に、時折キャラクターを操作できるタイミングがあり、そのときに操作方法やゲームシステムを理解していくことになります。

冒頭3時間で、主人公(というか、主人公の属する組織)の目的は分かりますが、物語の核心部分は分かりません。意味ありげな伏線が巧妙に張り巡らされており、序盤からグイグイと引き込まれるものがあります。

 

▲「繋がり」を象徴する紐や管が印象的に描写されているシーンも多い。

 

この映画的な面白さというのは、小島監督の作品に共通していることなんだけど、小島監督の作る映像って、なんとなくボケ~っと観るようなものじゃないんですよ。役者さん・声優さんの演技が凄いって部分もあるんだけど、プロット、言葉選びのセンス、カメラワーク、テンポ…等々、商業的に十分成立している映像なんですよね。まさにお金払って映画館で観るやつです。

 

特に、小島作品のナラティブは驚異的。「戦争は変わった」という一節で始まるMGS4のスネークのナレーションは有名ですが、本作でも「昔、爆発があった」という一節で始まる印象的なナレーションがあります。思わず、津田さんの声真似をして言ってみたくなりますね…笑

 

 

芸術的な映像作品を作れる人は、映画業界にはたくさんいます。それこそ山のように。

 

だけど、ゲーム業界にいるかと言われると、少なくとも俺は小島監督以外に思いつかない。面白いストーリーを考え付く人は居るんだろうけど、残念ながら、それを映像作品として成立させるところまではいってなくて、人形劇の延長みたいな映像しか作れていない。ゲーム作りと映像作りって違うんだなーと、つくづく実感する部分でもあります。

 

だけど、小島監督はそのどちらも兼ね備えていて、映画的な面白さをドカンとゲームの世界に持ってきた一方で、ちゃんとゲーム的な面白さも伝えられる人。このあたりの線引きというかバランス感覚は、ゲームしかやったことがないクリエイターには無いんでしょうね。

 

本作をこれからプレイする人は、映像とゲームがどのように橋渡しされているのかを是非体験してみて欲しいなと思います。

 

オープンワールドの再定義

 

映像の部分はさておくとして、おそらく賛否両論が分かれるのは、「荷物を配達する」という何の刺激もなさそうなゲームデザインの部分でしょう。

結論から言っちゃうと、確かに合う・合わないは分かれると思います。月並みですが、「万人受けするゲームではない」ということになりますね。

 

退屈?つまらない?オープンワールドRPGのお使いクエストについて考察する。

2019年8月21日

 

↑以前こちらの記事でも書いたように、私はオープンワールドゲームにおいて、「お使いクエストはやめろ」と言ってきました。だから、お使いクエストを全面に押し出したような本作について、発売前は懐疑的な目を持っており、「こんなもんが面白いわけがない」と本気で思ってました。

 

………。

 

………。

 

………。

 

すみません。自分が間違ってました。

めっちゃ面白いっす…。

 

というか、本作はオープンワールドゲームの歴史を変えたと思います。

 

なんで、お使いクエストが退屈だったかと言うと、プレイヤーに想像の余地を与えず、「何も起こらない」とネタバレしているオープンワールドを探索することが単なる作業になっていたからです。

だから、プレイヤーの行く手を遮る崖、森、川といった自然的な地形が存在したとしても、それは風景の一部でしかなく、ゲームプレイとは関係がない要素でしかありませんでした。そのため、どれだけ風景が綺麗だったとしても「スカスカのマップ」と揶揄されたのです。

 

じゃあ、本作のオープンワールドはどうかと言うと、「ここは本当にアメリカか?」と目を疑うほど、何も無いマップであり、普通の作品だったら、「NPCもオブジェクトも存在しない糞マップ」と非難されたことでしょう。

 

しかし、「配達ルートを自分で開拓する」というシステムのおかげで、単調な風景が続くオープンワールドにも意味がもたらされます。

 

 

↑例えば、上の画像をご覧ください。ちょっとした川が流れてますよね。

おそらく、他のオープンワールドでは、何の意味もない小川であり、単なる風景の一部でしかありません。この小川を見ても、プレイヤーは特に何も思わないはずです。

 

しかし、デスストでは、こういった川が大きな意味を持ちます。主人公サムは超人ではないので、こういった川に大きく足を取られてしまい、非常に “人間的” な挙動をするのです。

すると、プレイヤーは考えます。「思い切って川を突っ切っていくか」「それとも、この川を迂回していくか」「あるいは、梯子をかけて渡りやすくするか」と。

 

その結果、風景の一部でしかなかった地形に意味が付与されることになり、オープンワールドそのものが遊び場と化します。

 

単なる想像ですが、小島監督のプロダクションは予算や開発人員にも限りがあり、AAAタイトルに匹敵するほどの濃密なオープンワールドを作ることは出来なかったんでしょう。だから、限られた広さ・オブジェクトの中で、新しい遊び方を提案する必要があった。

 

そういった制約の中で、オープンワールドを再定義するかのごとく、画期的なシステムを生み出した小島監督には拍手喝采を送りたいと思います。

 

本作は間違いなくオープンワールドを一歩先へと進めたゲームと確信をもって言えます。

 

現代における「繋がり」とは

本作は、オンラインにも対応していますが、フレンドや野良プレイヤーと一緒にマルチプレイを楽しむとかはありません。

 

他のプレイヤーが立てたオブジェクトを利用したり、あるいは自分の立てたオブジェクトをシェアしたり、そこに対してSNSみたいに「いいね」を押したりすることで、ゆる~く繋がっていきます。

 

小島監督は、このような繋がりに対して、以下のようにインタビューに答えています。

僕がつくるようなストーリー性のあるゲームは、一人で遊ぶ孤独な人が多いと思うんです。疎外感のようなものを感じるかもしれませんが、実はそんなゲームが好きな人が世界中に何百万人もいることを、つながることで知ってもらいたい。そうすれば、自分のような人が決して一人ではないと知れて、楽になるはずですから。

ブリヂストンBMSCストーリーズ「夢を“あきらめる”ことは、“叶わない”ことを意味しない──ゲームクリエイター小島秀夫が語る、夢と挑戦の軌跡」より引用

 

これ、実はデスストに出てくる人々と同じなんですよね。

「デス・ストランディング」という現象によって退廃してしまった世界を生きる人々は、他者との繋がりを断って、ひっそりと暮らしています。

 

▲ホログラムで登場するNPCも多く、繋がりが薄い。

 

だけど、本当に人との繋がりを求めていないのか、本当に分断された社会のままでいいのかというと、そんなことはなく、「出来ることならば繋がりたい」と望んでいるんです。

 

この距離感と言いますか、ゆるく繋がりたい願望と言いますか、極めて現代的だなと思いますね。こういう感覚の人は多いんじゃないでしょうか?

 

こういう人に合うんじゃない?

 

最後に、本作については、RDR2のようなシミュレーション的な要素が強いゲームが好きな人であれば、受け入れられるんじゃないかと思っています。

 

RDR2は、イベントムービーが長めで、主人公の挙動がモッサリしており、銃撃戦に爽快感があるわけでもなく、オープンワールドの移動時間が大半を占めているようなゲームでした。だけど、ゲームへの没入感がとてつもなく高かったでしょう?

 

デスストもまさにそんな感じ。お世辞にもアクション要素が面白いとは思えないし、移動時間が長いし、主人公サムはちょっとした小石にも躓くような人間です。「果たしてゲームとして成立しているんだろうか?」と疑問に感じる人が居てもおかしくない。

 

そこに対して、「映像作品としての完成度の高さ」や「オープンワールドの定義を覆すような新しいゲームシステム」に価値を見出し、配達人サムに心を重ね合わせられる人は、間違いなくハマると思います。

 

長くなってきたので、このあたりで締めたいと思いますが、クリアしたら最終レビューを書きます。しばらく寝不足だな…w

 

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