退屈?つまらない?オープンワールドRPGのお使いクエストについて考察する。

 

最近のオープンワールドRPGは、右も左も「単調なお使いクエスト」ばかりだ。

 

「○○を倒してこい」「△△を取ってこい」「××を□□に届けてくれ」…等々。「お前が自分でやれ、カス」と言いたくなるような依頼内容ばっかりで、しかもやることが毎回同じ。

そのせいでプレイヤーのモチベーションはごりごり削られていって、終いにはサブクエのせいでゲーム自体を「クソゲー」と感じることすらある。これでは元も子もない。

 

もちろん例外もある。

例えば、『ウィッチャー3』や『RDR2』のサブクエは、一見すると同じことの繰り返しのように見えて、ストーリー性・ミッション性に優れており、サブクエのおかげで没入感が高まっていると言っても過言じゃなかった。

(RDR2は、プレイヤーを惹きつけるサブクエが満載だった)

 

だが、そういうゲームは本当にごくわずかで、『FF15』にしても、『アサクリオデッセイ』にしても、『キングダムカム・デリバランス』にしても、サブクエなんて面倒臭い作業でしかなく、文字通り「蛇足」と感じるものばかりだった。

 

問題は、「つまらない」「退屈」と分かっているのに、なんで馬鹿の一つ覚えみたいに単調なサブクエばかり配置するのか?…という点である。最近のオープンワールドRPGが抱えているこの問題に対してメスを入れていきたいと思う。

※ オープンワールドRPGを念頭に置いているので、それ以外のRPGのことは議論の対象にはしない。

 

「リニア」から「オープンワールド」への移行

サブクエの問題に入る前に、リニアRPGからオープンワールドRPGに移行した経緯について説明しておこう。

 

ひたすらメインストーリーを追うRPGのことを巷では「リニア」(※) と呼ぶが、オープンワールドでは、リニア的なストーリー展開はあり得ない。

何故なら、ゲームの仕組みをリニア式にするんだったら、物語に関係のある街やダンジョンだけを登場させれば良いわけで、オープンワールドにする意味は全くないからだ。

 

(※) 「リニア」の定義は必ずしも明確ではないが、ここでは「あらかじめ決まったミッションやストーリー進行を強制する直線的なゲーム」という意味で用いることとする。

 

つまり、リニアRPGとオープンワールドRPGとは、メインストーリー以外の世界の余白を認めるか認めないかで対極に位置している。認めるのがオープンワールド、認めないのがリニアである。

 

そして、最初に主導権を握ったのはリニアRPGだった。90年代後半から2000年代にかけて、JRPGを中心として、まさにリニア全盛の時代だったと言える。

 

この時代の「超大作RPG」とは、「壮大かつ美麗なムービーを流す作品」のことを指し、開発側が考えた重厚なストーリーをプレイヤーに体験してもらうことが、プレイヤーの満足度を高めると考えられていた。

このようなストーリーファーストの価値観の下では、メインストーリー以外の世界の余白はゲームの流れを阻害するものとして、あるいはプレイヤーに迷いを与えるものとして排除される傾向にあった。

 

この時代の集大成と言える作品が『FF13』である。

 

FF13では、メインストーリー以外の要素を最大限削ぎ落とし、ひたすらストーリーを追っていくだけの一本道RPGにした。後戻り出来ないマップに仰天した人も少なくないだろう。

FF13が発売された2009年当時、まだオープンワールドは主流とは言い難く、FF13のようなリニアRPGが主流になっていく可能性も十分にあった。そういう意味ではチャレンジスピリットに溢れる意欲作だったと言えなくもない。

 

しかし、ご存知のとおりFF13は酷評を極め、ほとんど支持を集めることはなかった。

 

理由は簡単。プレイヤーは「ゲーム」を体験したいのであって、「映画」を鑑賞したいわけじゃないから。メインストーリーを淡々と追うだけのムービーゲーに魅力なんてあるわけがなく、スクエニ開発陣は本当にこんなものが面白いと思っているのかとFFファンから多くの批判を浴びた。

 

一応、スクエニの名誉のために申し添えておくと、RPGの進化の方向性として、FF13のようなムービーゲーも可能性として全く無かったわけじゃない。完全に世間のトレンドやニーズから外れていたために、淘汰される側に回ったというだけで。

(ちなみに、スクエニのKHシリーズは、未だにムービーゲー路線を続けている)

 

何はともあれ、FF13の失敗をひとつの契機として、リニアRPGは勢いを失い、洋ゲーを中心として、プレイの自由度に重点が置かれたオープンワールドが主流となっていった。

2011年に『The Elder Scrolls V: Skyrim』、2013年に『GTA5』、2015年に『ウィッチャー3』が発売されると、オープンワールドの地位は揺るぎないものとなる。『FF15』や『ゼルダの伝説BotW』に代表されるように、国内メーカーもオープンワールドの潮流に追従せざるを得ない時代へと突入していった。

 

オープンワールドの寄り道要素について

オープンワールドに何の問題もなかったかと言うと、もちろんそんなことはない。

 

どこまでもシームレスに繋がる美しい世界がそこにあるとは言っても、目的もなくブラブラ散歩しているだけで楽しいゲームになるわけがなく、目的の存在しないオープンワールドは「スカスカのマップ」「ただ広いだけの箱庭」としてプレイヤーから度々批判を受けるようになった。

 

要するに、ストーリーを追うだけの淡白な展開は回避できたものの、世界の余白が大きすぎるために、逆にゲームそのものの希薄化を招いてしまったわけだ。最近だと『Generation Zero』はまさにそんな感じだった。

(グラフィックは綺麗だが、目的も分からずにブラブラと探索をするだけのゲーム性には疑問の声も多かった)

 

このような事態を避けるために、オープンワールドRPGには、世界の余白に意味を持たせるための「目的」、すなわち「寄り道」を用意するというミッションが課されることになる。

残念なことに、マップ上にサブクエストの対象となるNPCを満遍なく配置することで、世界の余白を “無理やり” 埋めようとするゲームが量産されることになるわけだが。例えるならば、薄められた食塩水にコーヒーを数滴垂らして、少し色を付けたようなものだろうか。

 

これが、散々批判されている「お使いクエスト」と呼ばれるものである。

 

ところで、「寄り道」と聞いて、ピンとくる人も多いんじゃないだろうか。

オープンワールドが主流になる以前から、ドラクエのカジノ、FF7のゴールドソーサー、FF8・FF9のカードゲームのように、従来のRPGには、ちゃんとプレイヤーを楽しませる寄り道要素(ミニゲーム)が存在した。

(FF8のカードゲームはその当時かなり画期的だった)

 

これらの寄り道要素は、ゲームの中にもうひとつ別のゲームが存在すると言ってもいいぐらい高いクオリティを誇っており、この時代のRPGを知っている世代からすれば、寄り道要素のないRPGなんて、炒飯のない中華料理屋ぐらいあり得ない話だった。

ちなみに、このようなミニゲーム要素は、ウィッチャー3の「グウェント」など、一部のゲームで今でも継承されている。

 

ここで、ひとつ大きな疑問が生じる。

「昔のミニゲーム路線を踏襲すればいいのに、なぜオープンワールドRPGには、単調なお使いクエストが溢れかえっているのか?」と。

 

…もっとも、この答えは結構はっきりしているように思う。

 

ひとつは、ハード性能の向上に伴い、ゲームとして求められるレベルが上がったために、プレイヤーを満足させられるミニゲームを提供出来なくなったことが考えられる。

 

考えてみて欲しい。ちょっとしたミニゲームぐらいだったら、スマホゲームの方が面白いし、そもそもプレイヤーは真剣にミニゲームを求めているわけでもない。あくまでもミニゲームは「おまけ」でしかないのだ。

開発側としても、中途半端にミニゲームに注力するぐらいだったら、メインクエストをしっかり作りたいというのが本音だと思うし、ユーザーもそれを願っている。そう考えると、ユーザー・メーカーの双方にとってミニゲームにリソースを割くことのメリットなんてほぼ無いと言える。

 

また、オープンワールドに満遍なく寄り道を配置するにあたって、サブクエほど便利なものはない。これも理由として大きいと思う。

 

と言うのも、「サブクエのトリガーになるNPC」と「対象となる敵やアイテム」をワールド上に配置するだけで、それっぽいサブクエがすぐに出来上がる。つまり、簡単にゲームのボリュームを水増しすることができるので、オープンワールドを作る側にとって非常に使い勝手が良いわけだ。

 

そういう理由から、オープンワールドにお使いクエストが溢れかえっているんだろうと推測する。

 

寄り道要素の考察

「寄り道」とは、言い換えるならば、世界の余白を埋めるということであるが、勘違いしている人が多いように思うので、ひとつ指摘しておきたい。

 

なぜ、「スカスカのマップ」と感じてしまうかと言うと、それは、クエストやロケーションの数が少ないからではない。「何も起こらない」とプレイヤーにバレているからである。

 

例えば、『RDR2』の場合、道に迷っている人を町まで送ったり、強盗に襲われている民間人を助けたりといったイベントが移動中に突発的・偶発的に発生する。

これは、開発側からすれば「必然」であるが、プレイヤー側からすれば「偶然」である。プレイヤーはクエストをやろうと思って、マップを探索していたわけではなく、目的もなくブラブラしていたら、たまたまそういう場面に遭遇したに過ぎない。あくまでも偶然なのだ。

 

『ゼルダの伝説 BotW』も同じだ。

プレイヤーは、新たに訪れたロケーションにて、偶然にもコログや祠を発見する。これがプレイヤーの冒険心をくすぐるわけだが、何度も言うように、開発側にとっては「必然」でも、プレイヤー側にとっては「偶然」である。

 

このように、オープンワールドに「偶然性」を持たせることによって、プレイヤーは「もしかしたら何か起こるかもしれない」と不安と期待を抱くようになり、オープンワールドを探索すること自体が “目的化” する。

だから、仮に何も起こらなかったとしても、「スカスカのマップ」と感じることはない。探索それ自体が目的になっているからだ。

 

しかし、お使いクエストをマップ上に配置しているオープンワールドの場合、そうはいかない。

目的地に到着するまで「何も起こらない」とネタバレしているので、オープンワールドを探索することに意味を見出せなくなり、ただの作業と化す。だから、最終的に「広いだけで何もないマップ」という評価に行き着いてしまうのだ。

 

これが、オープンワールドを「スカスカ」と感じてしまうカラクリである。

マップの広さやロケーションの数なんて関係がない。「何か起こるかもしれない」という想像の余地があるかどうかが問題なのだ。

 

このような観点から見たときに、お使いクエストがいかに愚策であるかが分かるだろう。

実は、オープンワールドにおける寄り道とは、世界の余白を埋めるものではなく、プレイヤーに想像の余地を与えるものでなければならないのだ。

 

オープンワールドの本質に気づき、『RDR2』や『ゼルダの伝説BotW』のような作品が増えて欲しいと願いつつ、本日はこのへんで。

 

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